アウトプットしたい
第2子長男のお産の入院中に読了。
「本を読めなくなった」と感じる人は多いのだろうね…。
私も長女の出産前後から特に本が読めなくなった。
長女の時は妊娠中から活字を追うのがしんどくなって、
『Arne』『Ku:nel』『暮しの手帖』みたいな雑誌ばかり読んでいた。
産院に持参した『ムーミン谷の冬』は2ページしか読めず。
産後3か月くらいで図書館で借りた『赤毛のアン』も、
時間をかけて返却期限ぎりぎりにやっと読み終えた記憶。
そして産後半年くらいだったか、
梨木香歩さんの『春になったら苺を摘みに』を読んで
やっと活字を読む感覚を取り戻し、梨木さんの文章が身体に染み入って、
じわじわと喜びが広がったときのことを覚えている。
それからはや3年と少し、やっぱり本が読めないと感じているわけです。
時間も余裕もないし、疲れているし寝たいし。
で、若松さんは『~読書論』のなかで何と言っていたかというと、
「読めないなら、書いてみれば?」と。
妊娠や乳児の育児というのは、
母体が子どもに体を乗っ取られるようなものだと感じていて、
妊娠中はもちろん、産んでからも抱っこや授乳で自分と乳児の境界があいまい。
乳児が痛がれば我がことのように自分も痛みを感じ、
泣けば心がざわついて、自分の入浴やトイレを差し置いても駆けつける。
そのなかで、それでもわたしはわたし、と自分の境界を取り戻したい衝動に
駆られることがあるわけで、それは夫やほかの人に話しても
本当にはわかってもらえない切実な気持ちで。
だから、自分のためにここでアウトプットしてみようと思う。
もともと頭の中だけで何かを深く考えるのが苦手な私にとって、
どうも記憶力が低下してきたと感じている私にとって、
おあつらえむきだと思うわけです。